社会【歴史】のテスト勉強法 奈良時代の制度・暮らし・文化の特徴は?

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710年、藤原京から平城京に都を移したことで、奈良時代がスタートしました。

(平城京は、唐の都である長安を手本として作られました。)

これについては「710(ナント)美し平城京」という語呂合わせを聞いたことがあるでしょう。

 

とはいえ、農民の暮らしは全くと言って良いほど美しいものではなく、それはそれは大変な生活を送っていたのです。

一体、どんな暮らしをしていたのでしょうか?(コレ、定期テストでよく出題される内容ですよ)

 

さらに、中間・期末テストの定番問題と言えば「文化」ですね。

 

今回は、「奈良時代」について

  • 奈良時代の国家の制度
  • 農民の暮らし(税金や制度の歴史)
  • 奈良時代の文化

この3点に関して、「これを理解しておけば80点は堅い」と言える内容をお伝えします。

 

中学生が定期テスト前に勉強しておきたい奈良時代の3つの項目

奈良時代の国家の制度

天皇をトップとして2官8省の役所をおき、全国を支配する体制が整えられました。

この政府を朝廷と言います。

2官とは、政治全般を行う太政官と、祭りごとを担当する神祇官です。

8省とは、中務省・式部省・治部省・民部省・兵部省・刑部省・大蔵省・宮内省です。

(※8省については、テストで出題されることは滅多にありません。2官をしっかり覚えておきましょう。)

 

そして、日本を国・郡・里に分けました。

この違いなのですが、

  • ・・・現在の「都道府県」のようなもの
  • ・・・現在の「市」のようなもの
  • ・・・現在の「町」や「村」のようなもの

 

国の中に郡があり、郡の中に里があったのです。

国は国司、郡は郡司、里は里長がリーダー役となったのです。

九州には大宰府が置かれて、外国との交流や防衛を行いました。

 

奈良時代の農民の暮らしや制度の変化

奈良時代の制度で、忘れてはならないものは「班田収授法」

これは、戸籍に基づいて、6歳以上の男女に口分田(土地)をあたえ、もし亡くなってしまうと国に土地を返す制度です。

 

このルールだけを見れば「土地を与えられるなんて、ラッキーだ!」と思うかもしれません。

しかし、口分田を与えられるようになると、とっても重い税を課せられるようになり、人々の負担になったのです。

「税を負担するなんて大変だゼ~」と言いたくなりますね。

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では、どのような税を課せられていたのでしょうか?

(そ)・・・収穫の3%の稲

(よう)・・・

調(ちょう)・・・地方の特産物

この3つです。

 

時々、「庸と調が頭の中でごっちゃになってしまいます」という相談を受けます。

そこで、この2つの覚え方を伝授します。

(覚え方)

ようさんいる

特産物を手に入れるのはチョウ大変

 

税の負担以外にも

雑徭(ぞうよう)・・・年間60日を上限として、国のための仕事をする(たとえやりたくなくても)

衛士(えじ)・・・1年間、都の警備を行う

防人(さきもり)・・・3年間・九州の警備を行う

 

特に、衛士と防人に関しては、

  • 仕事は大変
  • 警備の場所につくまでの食料や交通費は自分で負担する

というダブルパンチを食らう状態だったのです。

農民の悲惨すぎる状況を、山上憶良は「貧窮問答歌」で表現しています。

 

税の負担だけでなく、やりたくもない仕事を無理やりさせられるなんて、誰もが嫌になってしまいます。

そうなると、当然ですが「やってらんねーよ!」ということで逃亡する者も出てきます。

 

この状況に困ったのが、朝廷です。

なぜなら、農民が逃亡すると、口分田の手入れをするものがいなくなり、その結果、土地が荒れ果てて利用できなくなるからです。

 

そこで、朝廷は「もし新たに土地を開墾したら、三代まで使用して良い」という三世一身の法を723年に定めました。

開墾とは、自ら土地を使用できるようにすることです。

しかーし、農民からしてみれば「結局土地は国のものになるじゃん」ということで猛反発

 

もはや打つ手がない朝廷は、743年に墾田永年私財法を定めました。

これは「新しく開墾した土地は、永久に使用して良い」というものです。

 

これに味をしめた貴族は、どんどん自分の土地を増やしていきました。

これを「荘園」言います。

 

その結果、土地と人民を天皇が支配していた公地公民の制度はもろくも崩れ去ったのです。

 

奈良時代の文化(天平文化)

唐(外国)の文化の影響を強く受けた天平文化は、聖武天皇の時代に栄えた文化です。

 

聖武天皇、世の中が乱れている状況に心を痛め「仏教の力で安定を取り戻そう」としたのです。

そこで、741年に国ごとに国分寺・国分尼寺を作らせました。

国分寺・・・男の僧がいる寺

国分尼寺・・・女の僧(尼)がいる寺

 

その後、752年に、都に東大寺と大仏を作らせました。

これが、シカがたくさんいる奈良公園に行ったときに見ることが出来る大仏なのです。

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大仏をつくるのに協力したのが、行基という人物です。

 

東大寺の正倉院には、聖武天皇の遺品がたくさん収められています。

正倉院は、三角形の木材を組み合わせた校倉造という方法が用いられました。

(これについては、資料集で確認しておきましょう)

 

奈良時代に、唐からやってきた人物と言えば、鑑真ですね。

鑑真が日本に来る前は、ルールを破る僧がたくさんいて、朝廷としても頭を悩ませていたんです。

そんな時「唐の僧には厳しいルールが課せられており、みんなそれを守っている」という噂を聞きつけました。

朝廷は「唐からお坊さん(僧)を連れてきて、戒律(僧が守るべきルール)を普及したい」と思ったのです。

 

そこで、連れてこられることになったのが鑑真なのです。

何度も渡航に失敗したのですが、恐るべき執念で日本に無事到着したときは、本人も万感の思いに駆られたことでしょう。

その後、彼は唐招提寺を開きました。

 

【奈良時代の文学】

(歴史書)

古事記・・・712年につくられました

日本書紀・・・720年につくられました

(地理書)

風土記・・・国ごとの自然や特産物についてまとめられた

 

次回は、平安時代についてお伝えします。

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