社会の定期テスト勉強法【歴史・江戸時代①】家康~家光の時代編

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歴史の時代の中でも比較的長い江戸時代がテスト範囲になると、勉強するのも一苦労です。

私も中学生の頃は、江戸時代の勉強は大変だと感じていました。

ですが、他の時代と同様に、理解しておくべきことはほぼ決まっています。

ということは、その内容を理解しておけば定期テストで当たり前のように80点を取ることが出来ます。

 

今回は、徳川家康が超有名人にあるきっかけとなった関ヶ原の戦いのことや、少し分かりづらい江戸幕府の仕組みを、1つずつ確実に理解してもらえるように説明していきます。

多くの生徒があやふやにしている内容もしっかり覚えて、ライバルに差をつけましょう。

 

中学生ための社会のテスト勉強法【歴史・江戸時代初期編】

関ヶ原の戦い(1600年)

豊臣秀吉が亡くなった後、政権争いをめぐる徳川家康のチーム(東軍)と石田三成のチーム(西軍)の争いを、関ヶ原の戦いと言います。

ちなみに、関ヶ原は岐阜県の地名で、ここよりも東側には「関東地方」、ここよりも西側には「関西地方」が存在します。

※意外と誤解している人が多いのですが、西軍のリーダーは石田三成ではなく、毛利輝元と言う人なのです。

結果的に、徳川家康のチームが勝利しました。

 

江戸幕府の成立(1603年)

1603年に、徳川家康は征夷大将軍となり、江戸幕府を開きます。

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関ヶ原の戦いで負けた西軍のメンバーは、どんどん土地を奪われてしまいました。

その土地を、家康は関ヶ原の戦いに協力してくれた人たちに分け与えていきました。

 

実質的に全国を支配することになった家康にとって、心配事が1つありました。

それは「豊臣家のメンバーを滅ぼさないことには、本当の意味で全国を支配したことにはならない」ということ

そこで起きたのが、

大坂冬の陣(1614年)

大坂夏の陣(1615年)

これは、幕府と豊臣家の争いであり、これによって豊臣家が滅びました。

 

江戸幕府の仕組み

江戸時代は、幕府や藩によって土地や人を支配する幕藩体制を実施していました。

「藩」とは、大名が支配している土地のことです。

「大名」とは、一万石以上の領地を与えられた武士のことを言います。

 

もしかすると「一万石ってどれぐらい?」と感じた人もいるでしょう。

1石=150キログラム

1万石=1500000キログラム=1500トン

これは一万人の人が1年間ぐらいで食べる米の量ぐらいであり、とてつもなく多いことが分かります。

 

大名にもランクがあり

  • 親藩(徳川家の一族)
  • 譜代(関ヶ原の戦いよりも前から徳川家に仕えており、関ヶ原の戦いでも活躍した)
  • 外様(関ヶ原の戦いが終わってから、徳川家に仕えた)

となっています。

 

1万石未満の領地しか持たない者を、旗本・御家人と言います。

  • 旗本・・将軍に直接会えて、家臣がいる
  • 御家人・・・将軍に直接会えず、家臣がいない

といった違いがあります。

 

では次に、江戸幕府の主な役職を確認しましょう。

江戸幕府の仕組み

【江戸】

大老・・・臨時に置かれたトップの役職

老中・・・いつも置かれていたトップの役職

若年寄・・・老中のサポート役

寺社奉行・・・寺社を取り締まる

目付・・・旗本・御家人の監視役

大目付・・・大名の監視

町奉行・・・警察・裁判に関わる仕事を行う

勘定奉行・・・財政に関わる仕事を行う

 

【地方】

京都所司代・・・京都の警備

大阪城代・・・大阪の警備

遠国奉行・・・幕府の重要な地域の政治に関わる

 

武家諸法度(1615年~)

武家諸法度は、将軍が変わるごとに出された制度で、大名を取り締まるためのものです。

違反すると、領地が没収されたり、減らされたりなど、とても厳しいペナルティーが与えられたのです。

2代将軍徳川秀忠の時には

・勝手に城をつくってはいけない

・勝手に結婚してはいけない

といったルールが定められました。

城を勝手に建築することは、幕府に歯向かうことを意味していました。

 

3代将軍徳川家光の時には、大名が江戸と領地を往復する参勤交代がルールとして定められました。

これは、大名にとってはとても大変な制度だったのです。

というのも、移動する時に身につけた衣装や、移動中や江戸に到着した後の生活のための費用を、自分で負担しなければならなかったのです。

また、江戸から領地に戻った時の生活費も、当然ですが自己負担ですので、ドンドンお金がなくなっていくわけです。

逆に、江戸にはお金がドンドン入ってくるので、幕府の人間は喜んでいたわけです。

 

禁中並公家諸法度(1615年)

これは、天皇や公家を監視するための制度であり、

  • 政治のことに関して、好き勝手にあれこれ口出ししないこと
  • 学問に専念すること
  • 移動する時は、許可を得ること

といったルールがありました。

 

江戸時代の人々の暮らし

【武士の場合】

武士の身分は高く、苗字を名乗ることや帯刀(刀を持つこと)が認められており、土地や給料を支給されていました。

いわば「特権階級」です。

 

【町人の場合】

町人とは、職人商人のことで、武士たちがいる場所にいました。

基本的に税金は免除されており、百姓と比べると豊かな暮らしをしていました。

 

【百姓(農民)の場合】

同じ百姓であっても、自分の土地を持つ本百姓と、土地を持たない水呑百姓に分類されました。

本百姓の中から選ばれた庄屋(名主)・組頭・百姓代が中心となって、村を管理していました。

  • 庄屋(名主)・・・リーダー
  • 組頭・・・サブリーダー
  • 百姓代・・・監視役

このイメージを持っておけば、大丈夫です。

 

また、五人組といって、誰かが余計なことをした場合、連帯責任を取らされるルールが出来ました。

さらに、1649年には、百姓の暮らしを管理するために慶安の御触書が出されました。

ルールの中には

  • 朝から夜まで働きなさい
  • 生地の良い衣服を着ないこと
  • お茶を飲んではいけない

といった内容がありました。

 

※一昔前であれば、江戸時代の身分制度を「士農工商」と言っていましたが、最近では言わなくなりました。

 

今回は、ここまでです。

次回は「鎖国」について詳しく説明していきます。

 

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