歴史のテスト対策【江戸時代⑥】外国船の来航~水野忠邦まで

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前回の記事では、学校の先生が好んでテストに出すことが多い文化について説明しました。

江戸時代の文化・学問・芸術の覚えておくべき内容

今回は、外国船がやってきてトラブルを起こしたことや、大塩平八郎の乱・水野忠邦が行った天保の改革について説明します。

ペリーが日本にやってくる前の出来事の中で、テストに出題されることが多い内容に絞って説明するので、最後まで読むようにしましょう。

 

中学生の歴史(江戸時代)のテスト対策【外国船がやってくる場面】

外国人(船)の来航

幕府は相変わらず鎖国体制を続けていたのですが、中には日本と貿易をしようと思って日本にやってきた人たちもいたのです。

1792年に、ロシアのラクスマン根室にやってきました。

(根室とは、北海道のことです)

実は、日本の漂流民をを送り届けた心優しい人物でもあるのです。

そのついでに「貿易をしないか」と要求したわけです。

すると、「貿易をしたいなら長崎に行ってもいいよ」と幕府から間接的に許可をもらい、いったん帰国しました。

 

それから12年後の1804年には、ロシアのレザノフ長崎に到着しました。

なぜ長崎に向かったのかと言いますと、ラクスマンが長崎へ行くための許可証をもらってきており「長崎へ行けば貿易することを受け入れてもらえる」と思ったからです。

 

ですが、ラクスマンに許可証を与えた松平定信は老中から退いでいたのです。

そのため、まるで勝手にやってきた人であるかのような扱いを受けてしまっただけでなく、挙句の果てには「帰ってくれ!」と言われたのです。(ヒドイ!)

 

当然、怒り心頭のレザノフ

そこで、使いの者に「日本を攻撃せよ」と命じたのです。

その後、実際に攻撃を加えられ、近藤重蔵間宮林蔵らによって蝦夷地の調査が行われることになってしまいました。

 

4年後の1808年には、イギリスのフェートン号長崎に侵入してきました。

目的は、日本と貿易をすることではなく、長崎にあったオランダ商館に攻撃を加えるためです。

実は、当時イギリスとオランダは敵対関係にあったのです。

イギリス人たちが水や食料をどんどん奪い取り、長崎から去っていきました。

(これを、フェートン号事件と言います。)

結果的に長崎奉行(幕府から派遣された人)が責任を取って、自らこの世を去るという悲しい出来事もありました。

 

その後もイギリス船が日本にやってきて日本人を困らせたため「外国船がやってきたらなりふり構わず打ち払ってやれ」と考えるようになりました。

そこで作られたのが、異国船打ち払い令(1825)です。

 

もともと、イギリス船がやってこないようにするための法令だったのですが、イギリス船以外にもどんどん打ち払っていたのです。

なぜなら、どの船がイギリス船なのか判断がつくはずがないからです。

 

そこで、悲しい事件が起こります。

日本の漂流民を送り届けてあげるためにやってきた、アメリカのモリソン号に攻撃を加えたのです。

(これを、モリソン号事件といいます。)

「いくら何でもやりすぎだろう」と感じた人も多く、幕府の対応を批判した渡辺崋山高野長英らは罰を与えられてしまいました。

これを、蛮社の獄と言います。

 

大塩平八郎・水野忠邦の取り組み

大塩平八郎の乱

1830年代になると、いろんなところで洪水や冷害などの災害が起こり、人々の生活がどんどん苦しくなってきました。

このことを「天保のききん」といい、実際に食べ物がないせいでこの世を去ってしまう人もたくさんいたのです。

このとき、もともと幕府の役人だった大塩平八郎が考えていたこと

それは

「人々がこれほど苦しんでいるのに、どうして幕府は何もしないのか」ということであり、怒りに震えていたのです。

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そこで、数百人もの人を集め、1837年に地元の大阪で反乱を起こしました。

これを大塩平八郎の乱と言います。

結局、一日もたたないうちに沈められてしまいましたが、もともと幕府の関係者だった人間が真っ向から反乱をおこしたため、人々に衝撃を与えました。

 

天保の改革(水野忠邦)

「早急に政治を立て直さないと大変なことになる」と焦った幕府

そこで改革を行ったのが、12代将軍徳川家慶からお願いされた水野忠邦

ですが、人々から不平不満が爆発してしまい、結局2年後には老中を辞めることになりました。

では、どんなことを行ったのでしょうか?

 

①徹底的な質素・倹約

松平定信も質素・倹約をすすめたわけですが、水野忠邦は定信以上に実施しようとしたのです。

今でいえば「ふりかけ」すらぜいたく品だと見なされたぐらい、厳しかっただったようです。

 

②人返しの法

江戸や大阪に来ていた農民たちに「故郷である農村に帰りなさい」と指示しました。

目的は、農業を立て直すためだったのですが、誰も帰りたがりませんでした。

 

③株仲間の解散

株仲間のせいで物価が上がっている。ならば解散させよう」と言い出して、本当に解散させたのですが、物価は下がるどころかどんどん上がっていきました。

実は、物価が上がっていた本当の理由に気づくことが出来なかったのです。

 

④上知令

これが、人々が最も不満を抱いた取り組みだと言われています。

江戸や大阪にある、上等な土地を幕府が無理やり奪い取り、代わりに質が悪い土地を与えたのです。

「こんなことをされたら大変だ」と人々が抗議し、結局取りやめになりました。

 

今回は、ここまでです。

「フェートン号事件」と「モリソン号事件」については、「あれ、どっちだったかな?」と感じやすい内容なので、区別して理解しておきましょう。

 

次回は、苦手だと感じている人が多いヨーロッパの革命を中心に説明します。

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