石牟礼道子の死因はパーキンソン病?苦海浄土を絶賛するプロ作家は誰なのか?

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2月10日に90歳という年齢で亡くなった石牟礼(いしむれ)道子さん。これまで多くの作品を世に送り出し多大な影響力を与えてきました。そんな石牟礼さんの死因は一体何だったのでしょうか?プロフィールや家族、話題になった「苦海浄土」がどのような作品なのかといったこともあわせてお伝えします。
 

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石牟礼道子さんのプロフィール

名前:いしむれ みちこ

生年月日:1927年3月11日

出身地:熊本県天草郡河浦町(現:天草市)

出身高校:水俣実務学校(現:水俣高校)
 


 
水俣実務学校が設立されたのが1935年です。当時は工業・商業・農業・家庭の4つのコースがありました。

1945年には農業・機械・建築の3つのコースになり、1948年には普通科・機械科・建築科を置きました。

石牟礼さんは高校を卒業したのは1943年です。

ということは、高校では実務に関することを学んでいたのでしょう。

 

高校卒業後、1947年まで代用教員として田浦小学校に勤務していました。

ということは、第二次世界大戦が終わる直前と直後の期間に、学校の先生をしていたことになります。

一体、当時がどのような様子だったのか、生の声を聞いてみたいと感じる人は多いのではないでしょうか。

 

代用教員を退職した後、結婚しました。

石牟礼道子さんの家族ですが

●兄:戦時中に沖縄で亡くなる

●夫:弘(小学校の先生をしていた)

●長男:道夫:(大学卒業後は新聞折り込みの営業担当)

このことが判明しています。

 

1958年に谷川雁の「サークル村」に参加し、1969年に話題となった『苦海浄土 わが水俣病』を刊行しました。

その後も作家として様々な作品を世に送り出しました。

 

石牟礼道子さんの死因はパーキンソン病なのか?

2002年からパーキンソン病を患ったことが判明しています。

パーキンソン病とは、専門家によると

脳の異常のために、体の動きに障害があらわれる病気です。
現在、日本には約15万人の患者さんがいるといわれています。高齢者に多くみられる病気ですが、若い人でも発症することがあります。

ということです。

死因についてさらに調べてみると「パーキンソン病による急性増悪のため」だったことが分かりました。

病気を患っていた中で作品を生み出していた石牟礼道子さん

「どうしても伝えたいことがある」という並々ならぬ執念を感じます。
 

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苦海浄土とはどんな作品なのか?

この作品は、水俣病になってしまった患者や家族のつらさを自分のものとして引き受けて、病気にかかってしまった人の記録がつづられており「いのちの文学」と呼ばれています。

実際に本を手に取った人からは

「思っていた以上に感動させられた」

「何度読み返しても『凄い』と感じる」

「自分も一緒に哀しみ、慈しみながら最後まで読み通せた」

という声があがっています。

 

ノーベル賞の候補になったのか?

石牟礼道子さんについて調べてみると「ノーベル賞」というワードが表示されます。

石牟礼さんの代表作ともいえる苦海浄土の作品のジャンルを「文学」と判断すべきなのか分からない以上、実際にノーベル賞の候補になったわけではないのでしょう。

ですが、作家の丸山修身さんは苦海浄土について

もし次のノーベル文学賞が日本から出るとしたら、それは村上春樹ではなく、石牟礼道子にこそ授与されるべきだと僕は考えている。

と述べています。

また、池澤夏樹さんは石牟礼さんを「近現代で最も重要な作家」と評しています。

 

書き手のプロからも高く評価されていた石牟礼道子さん

ご冥福をお祈り申し上げます。
 

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