野村克也の前夫人と子供はどんな人?(画像アリ)離婚した本当の理由は何なのか?

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現在、野村沙知代さんと離れ離れになったものの野球界のためにテレビ出演を続けている野村克也さんのことで私が気になったのは「前夫人と子供はどのような人物なのか」ということです。今回は、前妻と子供の画像や結婚・離婚の流れ、さらには沙知代さんとの馴れ初めについてもお伝えします。
 

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野村克也の前夫人と子供について(画像アリ)

野村克也さんの夫人と言えば「沙知代さん」のイメージが強いですが、沙知代さんは2人目の妻です。

1人目の夫人(前夫人)は正子さんといって、南海電鉄の社長の娘だったと言われています。

1960年に結婚し、翌年には長男の陽一さんが誕生しました。

こちらが、野村克也さんと前夫人の正子さんと陽一さんの3人が映った画像です。

正子さんは古風なタイプで旦那を立てる女性だったと評判でした。

前夫人の正子さんと結婚してから。野村克也さんはどんどん活躍するようになり

●1961年~1968年まで、8年連続ホームラン王

●1962年~1967年まで、6年連続打点王

●1965年:3冠王

という輝かしい成績を残しました。

 

間違いなく、前夫人の正子さんのサポートがあったからこそ、これだけの成績を残すことが出来たはずです。

また、子供の存在も励みになったことでしょう。

 

ですが、1968年ごろは夫婦関係は思わしくなく別居していました。

野村克也さんの方は離婚する気でいたものの、正子さんが応じなかったのです。

 

野村沙知代さんとの馴れ初めは?

2人が初めて会ったのは1970年で、克也さんが前妻と別居していた時期です。

(このとき、まだ離婚は成立していません)

場所は東京都内の中華料理屋でした。

 

当時、克也さんは前妻とのこともあり気が滅入っていた時期でしたが、沙知代さんを見て「なんて明るい女性なんだ」と感じたようです。

そして、1973年に2人の息子である克則さんが誕生しました。

1977年には「沙知代さんが采配に口出ししている」という情報がオーナーの耳に入って、克也さんは南海ホークスを解任されました。

「野球をとるか、サッチーをとるか」の質問に、迷わず「サッチーをとる」と答えた野村監督

1978年に前妻との離婚が成立し、正式に沙知代さん結婚しました。

当時、克也さんは「この先大丈夫なのだろうか」と心配だったようですが、沙知代さんは「何とかなるわよ!」と言い放ちました。

パワフルなイメージが強い沙知代さんならではのエピソードです。
 

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前夫人と離婚した本当の理由は?

私はこの件について「克也さんの方が浮気をしたことが離婚した原因」だと思っていました。

ですが、2017年12月29日に放送されたニュースキャスターの中で、野村克也さんは

●前夫人に浮気をされた

●世間では「自分が妻を捨てた」と思われているが、実際は逆

と述べていました。

 

最初にそのことを知った時は、驚いてしまいました。

前夫人の正子さんはすでに亡くなっているため真実を確かめることはできませんが、別居するようになった時期は沙知代さんと出会う前のことですから「もしかすると、監督の言う通りかもしれない」と思うようになりました。

今後、テレビ出演などを通して前夫人と離婚した真実が明らかになっていくでしょう。

野村克也さんには、まだまだ野球界のために辛口コメントをどんどん残していってもらいたいです。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
 

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