明秀日立野球部監督の金沢成奉は阪神金本のピンチを救った人だった!

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明秀日立高校野球部を春夏通じて初出場に導いた監督である金沢成奉さんは、阪神の金本監督が尊敬してやまない人物なのです。それは、大学時代のエピソードがきっかけです。今回は、この内容はもちろん、金沢監督の経歴やチームを甲子園出場に導くにあたりどのような苦労があったのかをお伝えします。
 

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明秀日立高校野球部監督の金沢成奉の経歴

名前:かなざわ せいほう

生年月日:1966年11月13日(51歳)

出身地:大阪府

出身高校:太成高校(現:太成学院大学高校)

出身大学:東北福祉大学
 


 
太成学院大学高校のOBには

●桂依央利(中日)

●今村信貴(巨人)

などがいます。

 

東北福祉大学で最上級生の時には

3年:佐々木主浩

2年:矢野燿大

1年:金本知憲

がいました。

ちなみに、金沢成奉監督と金本知憲監督は、2つ違いなのですが金本監督は一浪して入学しているので、学年が3つ違いになっています。

 

金沢は大学卒業後

1995年~:光星学院高校(現:八戸学院光星)野球部監督

2010年4月~:光星学院高校野球部総監督

2012年9月~:明秀日立高校野球部監督

このように、光星学院で長らく監督をしていました。

光星学院時代の教え子には

●坂本勇人(巨人)

●北條史也(阪神)

●田村龍弘(ロッテ)

などがいます。

 

明秀日立高校に赴任したときは「3年で甲子園に出場する」と意気込んでいたのですが、なかなかうまくいかない時期が続きました。

明秀日立高校を甲子園出場に導いたきっかけ

監督になってから

2014年秋:県大会準優勝

2015年夏:県大会ベスト4

といったように、県大会で勝てるチームになりつつあったのですが、

2015年秋には野球部で不祥事があって大会不出場

2016年夏は決勝で常総学院に0-1で敗れ、2017年夏は4回戦敗退

このように、なかなか「甲子園」にたどり着かない時期が続きました。

監督も選手も、しんど思いをしたはずです。

 

そんな中、金沢監督は

●本当の意味で茨城県人になること

●地元の人に応援してもらえるチームを作ること

●全力疾走や挨拶を徹底させる

●「勝てばいい」という意識から脱却する

●自分自身も立ち居振る舞いを見直す

これらのことを意識して実行するようになってからチーム力が上がり、2017年秋には県大会優勝・関東大会準優勝という結果を収めました。

 

「指導者が変わればチームが変わる」

このことを物語る結果となりました。

今では地元からも応援される野球部になっています。
 


 
茨城県の「県北」と呼ばれる地域からは29年ぶりに甲子園出場となった明秀日立高校

地元の人たちの声援を力に変えて、頑張ってもらいたいです。
 

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阪神金本のピンチを救ったエピソード

金本監督が大学1年生の時、同級生と外で食事をしていると怖そうな人が集まったグループから言いがかりをつけられました。

「どうしよう・・・」

不安に思っていると、たまたま通りがかった金沢監督がグループのメンバーに対して一喝!

すると、相手はその場を離れていったのです。

 

「金沢監督には誰も逆らえなかった」

金本監督は、このように答えていました。

男気溢れるエピソードですね。

 

これからも、教え子たちをプロ野球の世界に導いていくでしょう。

監督の手腕も、要チェックです。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
 

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