筒塩侑子さんが通った津山市立北小学校の場所は?将来の夢は何だったのか?

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2004年に岡山県津山市で筒塩侑子さんが亡くなった事件の犯人がようやく逮捕されました。事件後は、両親だけでなく学校のクラスメイトや先生たち、さらには地域の方々など、多くの人が悲しみに包まれながら生活していたでしょう。筒塩侑子さんが通った小学校の場所はどこで、どんな学校だったのでしょうか?筒塩さんの将来の夢や当時の校長・教頭先生の思いについてもお伝えします。
 

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筒塩侑子(つつしおゆきこ)さんが通った小学校の場所は?

筒塩侑子さんは、岡山県津山市にある津山市立北小学校に通っていました。

津山市北小学校は、商店街と郊外の住宅地や農村地が学区となっており、全校生徒は250名ほどです。

校庭からは山を眺めることが出来て、学校の近くには城下町を思い起こさせる文化遺産が多く立ち並んでいます。

筒塩侑子さんは男の子に交じってサッカーをしたりソフトボールをしたり、運動大好きで天真爛漫な女の子でした。

筒塩さんがいると、周囲の人も元気になっていたのだと思います。

そんな子が突然亡くなってしまい、クラスメイトや担任の先生たちは、悲しみに打ちひしがれながら毎日学校に通っていたでしょう。

子供たちだけでなく、先生たちも大変だったはずです。
 

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津山市北小学校の当時の校長・教頭のコメント

当時、津山市北小学校で校長をしていたのが、玉木陽一さん(70歳)です。

14年前は56歳であり「残りの教師人生、津山市北小学校の子供たちのために捧げよう」と考えていたでしょう。

玉木さんは

●犯人が逮捕されてうれしいという思いもあるが、それ以上に無念さの方が強い

●犯人が逮捕されたけれど侑子さんは帰ってこない。犯人に対する怒りがこれまで以上に湧いてきた

●とにかく、真実が知りたい

と語っていました。

事件が起きたのは下校中だったこともあり、責任を感じていたはずです。

今でも「どうしてあのような事件が起きてしまったのか」とふと思う日もあるでしょう。

 

そして、教頭として小学校に勤務していたのが、宮岡圭之さん(63歳)です。

当時は、連日保護者や地域住民からの問い合わせが殺到し、対応に追われていたはずです。

宮岡さんは

●当時の怒りの気持ちを今でもはっきりと覚えている

●侑子ちゃんがもし生きていれば、成人式でお母さんに晴れ姿を見せてあげられたのに、それができないのが残念

と語っており、校長先生と同様に早く真実が明らかになることを願っていました。
 

筒塩侑子さんの将来の夢は?

ある日、将来の夢を文集に記すことになった筒塩侑子さんは

「お花屋さんになりたい」

と書きました。

「花を通して人の心や周囲が美しくなっていく世界を創っていきたい」と考えていたのかもしれません。

 

昨今「夢を持たない子どもが多い」なんて言われていますが、今も昔も小学生であればほとんどすべての子供が

「将来、○○になりたい」

と希望を持っており、将来の夢を語る時、目がキラキラと輝いています。

筒塩侑子さんも、その1人だったはずです。

家族も、将来の夢を聞くたびに

●頑張ってね

●応援しているよ

と声をかけ、暖かい空気に包まれていたでしょう。

ですが、犯人のせいでこれまで当たり前に存在した「家族の幸せな時間」も奪われてしまいました。

 

両親の現在の想いは?

犯人逮捕の知らせを聞いた両親は

●娘に手を焼いた記憶がない。「かわいいな」という気持ちを、9年間いっぱい味わわせてくれた親孝行者だった

●自分の中で侑子は小学3年のまま。時は止まってしまっている

●子供を巻き込んだ凶悪事件が社会からなくなるようにするためにも、事件を風化させたくない

と語っていました。

13年間諦めることなく情報提供を求め続けられたのは、娘のことをずっと愛していたからなのだと思います。

今も様々な葛藤を抱いているでしょう。

 

両親のためにも、真相が究明されることを願います。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
 

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