吉田洸二(山梨学院野球部監督)の経歴は?マネージャーの健気さに称賛の嵐!

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山梨学院高校が5年ぶり3度目の甲子園出場を果たしました。監督である吉田洸二さんは、かつて長崎県の清峰高校の監督として甲子園優勝を果たしました。今回は吉田洸二監督の経歴や自身が誇りに思っていること、さらにはマネージャーの心温まるエピソードや注目選手の情報をお伝えします。
 

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吉田洸二監督(山梨学院高校野球部)の経歴

名前:よしだこうじ

生年月日:1969年5月6日

年齢:49歳

出身高校:佐世保商業

出身大学:山梨学院大学

高校・大学時代ともに野球部で活躍しました。

【指導者としての経歴】

1992年:佐世保商業高校に赴任

その後、平戸高校に赴任

2001年:清峰(当時は北松南)高校に赴任

2013年:山梨学院高校に赴任

清峰高校時代は

2005年夏・2006年春・2008年夏・2009年春と、計4回甲子園に出場しました。

初めて甲子園に出場した2005年には、相手の弱点を突く作戦が功を奏し、優勝候補だった愛工大名電済美に勝利して大きな注目を浴びました。

2006年春は準優勝に終わるものの、決勝で横浜高校の0-21と大敗を喫しました。

このとき、「ショックと苦い思い出しか残っていない」と語っていました。

 

それから3年後、2009年は今村猛投手(広島)を喫してチームを優勝に導きました。

決勝戦の相手は、菊池雄星投手がいる花巻東でした。

山梨学院に異動してからも監督として手腕を発揮し、チームを3年連続甲子園出場へと導きました。

甲子園V経験よりも誇りに思っていること

高校野球界で「名監督」と呼び声高い吉田洸二監督ですが、自身の中で自慢したいことがあるとのことです。

それは「退部者が少ないこと」

「1993年から2009年までの約16年間で、途中で退部した部員は5人もいない。このことは教員を辞めるときに自慢したい」

と語っていました。

「どんなに野球が下手であっ ても、役割を見つけてあげるのが監督の仕事」

という指導方針は一貫している証拠です。

高校の野球部であれは、公立であれ私立であれ部員が1年の間に5人以上辞めるケースも珍しくありませんが、16年間で5人もいないというのは、ある意味異常です。

それだけ選手のことを大切にしているからこそ、公立高校であっても甲子園出場を成し遂げられたのでしょう。

マネージャーの健気さに称賛の嵐!

山梨学院野球部のマネージャーを務めるのが、この3人です。

真ん中にいる梶原茉倫マネージャーのエピソードが、衝撃的です。

修学旅行と言えば、高校生にとっては最も楽しみなイベントのはず!

にもかかわらず、野球部のサポートを選んだのです。

このようなマネージャーがいるチームは、やっぱり強いです。
 

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2019年の注目選手

野村健太(3年)

「山梨のデスパイネ」という異名を持つ選手であり、昨夏の甲子園では解説者を絶叫させるドデカい一発を放ちました。

練習試合では推定165メートル弾を放ったこともあり、流れを変えるバッティングを期待できる選手です。

逆方向にも1発を打てる器用さも持ち合わせており、相手にとって脅威なのは間違いありません。

甲子園ではすでに2本のホームランを放ち、周囲を驚かせました。

再び一発が飛び出すのか、注目です。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
 

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1 個のコメント

  • 山梨学院野球部監督になった吉田さんは、苦学して大学生になり、甲子園に出場するには監督になる方法は高校の教員になることだと決心し、有言実行。弱小野球部を強力チームに仕立て上げた手腕は青山学院の原監督と似ている。自分を育ててくれた大学に恩返しする為に公立高校を退職した理由も凄い。

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