原秀登(藤蔭高校野球部監督)の経歴は?1度は辞任した理由は何なのか?

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大分県日田市の藤蔭(とういん)高校が28年ぶりの甲子園出場を成し遂げました。チームを率いる原秀登監督の母校も藤蔭高校なのです。今回は、藤蔭高校野球部の2018年夏の戦いぶりや原秀登監督の経歴、さらには星稜相手にどのような作戦を立てているのかについてもご紹介します。
 

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藤蔭(とういん)高校野球部2018年夏の戦績

●2回戦:藤蔭7-5三重総合

●3回戦:藤蔭5-1大分南

●準々決勝:藤蔭11-4津久見

●準決勝:藤蔭9-7佐伯鶴城

●決勝:藤蔭1-0柳ケ浦
 


 
決勝戦こそロースコアの展開になりましたが、準決勝までは4試合で39安打32得点(打率.325)と打ち勝ってきました。

春の大分県大会で明豊高校に1-9で敗れた後、原秀登監督は

●技術的には明豊と差はなく、上位打線はしっかりバットを振れていた

●下位打線がもっと力強く振れるようになってくれたら打線がつながり得点につながる

●守りはカバーなどの細かいミスを修正していき、球際の処理能力を高めてアウトを取れるようにしたい

●強豪にもなんとか追いついていきたい

と語っていました。

「明豊と遜色(そんしょく)ない!」という強気の発言が見られましたが、しっかりと結果を残したのは見事です。

夏の大会は打撃陣が奮起し、28年ぶり2回目の甲子園出場となりました。
 

原秀登(藤蔭高校野球部監督)の経歴や辞任の理由

では、藤蔭高校野球部を率いる原秀登監督はどのような方なのでしょうか?

生まれ:1973年

年齢:45歳

出身高校:藤蔭高校

出身大学:徳山大学

出身企業:タイガー魔法瓶

【指導者としての経歴】

2009年~:藤蔭高校野球部監督

28年前に藤蔭高校が甲子園に出場した時のキャプテンであり、選手宣誓も行なったのです。

この年は、仙台育英高校に2-4で敗れてしまいました。

 

指導者としてに戻ったのは2009年です。

それから1年半後に2010年秋には大分大会を制し、九州大会出場を果たしました。

この頃、周囲からは野球の実力だけでなく礼儀面においても「藤蔭が変わった」と言われるようになったのです。

これは、原監督の指導の賜物でしょう。

 

2013年に部内で不祥事が起こって辞任しましたが、その後再び監督に復帰しました。

不祥事の内容は、2年生が1年生に手をあげたというものであり、原秀登監督が手をあげたわけではありません。

 

1回戦の相手は、優勝候補にも挙げられている星稜高校に決まりました。

しかも、開幕戦でいきなり登場することになり、選手も監督も驚いていました。

原秀登監督は星稜戦を迎えるにあたり

●終盤まで粘ることが出来れば(勝機を見出せる)

と語っており、接戦に持ち込むことを考えていました。

勝利を収めることになれば、一気に「注目監督」となるに違いありません。
 

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藤蔭高校2018年の注目選手

甲子園初勝利のカギは、やはりピッチャーが担っています。

そこで注目してもらいたいのが、エースの市川晃大投手(3年)

柳ヶ浦戦では見事な完封勝利を挙げました。
 


 
決勝戦では足がつるアクシデントもありましたが、最後まで1人で投げ抜きました。

右スリークオーターで、スライダーなどの変化球を使って打ち取るのが市川投手の投球スタイルです。

甲子園でも、持ち味を存分に発揮してもらいたいです。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
 

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