森田剛史(佐賀商業野球部監督)の経歴&香田誉士史との熾烈なライバル物語とは?

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佐賀商業高校が10年ぶり16度目の甲子園出場を果たしました。監督を務めるのは佐賀商業OBの森田剛史(もりたたけし)さんで、社会人まで現役を続けた実力者です。また、駒大苫小牧の元監督である香田誉士史さんとは、小学生のころからライバル関係でした。今回は、森田剛史監督の経歴や香田監督とのライバル物語などをお伝えします。
 

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佐賀商業野球部2018年夏の戦績

●1回戦:佐賀商7―2敬徳

●2回戦:佐賀商10―0唐津西

●3回戦:佐賀商9―3東明館

●準々決勝:佐賀商3―2鳥栖

●準決勝:佐賀商6―3有田工

●決勝:佐賀商5―2唐津商

決勝戦は2年前と同一カードであり、このときは佐賀商業が破れてしまいました。

そのときに登板した木村颯太投手は、「2度も同じ相手に負けたくない」と意気込み、見事にリベンジを果たしました。
 


 
木村投手はチームのキャプテンでもあり、まさに「大黒柱」です。

 

森田剛史(佐賀商業野球部監督)の経歴は?

名前:もりたたけし

年齢:46歳(2018年7月時点)

出身高校:佐賀商業高校

出身大学:亜細亜大学

出身企業:新日本石油(現JX-ENEOS)
 


 
高校時代は選手として3度甲子園に出場しました。

大学時代は「日本一厳しい」と言われる亜細亜大学で4番を務めベストナインを3度受賞し、社会人時代は主力として活躍しました。

社会人として5年間現役としてプレーた後、「野球に関わる仕事がしたい」と言う理由で会社を去る決断をしました。

その後、教員採用試験を4度目で合格し、教員となりました。

 

【指導者としての経歴】

2002年:佐賀商業野球部コーチ

2008年:佐賀商業野球部監督

2010年:神埼清明野球部監督

2013年:佐賀商業野球部監督(復帰)

指導者として母校に戻った時は「どうしてお前が指導しているのに勝てないんだ」と言われた時期もありながら、2008年に甲子園出場を果たしました。

また、神埼清明に赴任したときは喫煙による謹慎者が5名もいたり、部員はグラウンド整備をせずに帰宅するといった状況からのスタートでしたが、2年後には九州大会に駒を進めました。

母校に復帰した後、なかなか甲子園に出られない時期が続きましたが、今夏(2018年)は念願だった甲子園出場を成し遂げました。
 


 
これまで、たくさんの苦労を乗り越えたからこそ、涙が止まらないのだと思います。

「甲子園では思い切り暴れて欲しい」と語った森田監督

1994年には甲子園で優勝を果たしたチームが、この夏どのような戦いを見せるのか楽しみです。
 

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元駒苫の香田監督とのライバル物語

甲子園の監督として今なお語り継がれているのが、香田誉士史監督

現在は、西部ガスの監督をしており、先日、都市対抗に出場しました。

 

実は、香田誉士史監督が野球を始めるきっかけを作ったのは、他ならぬ森田剛史監督だったのです。

小学校・中学校・高校時代、2人は同じチームでプレーしていました。

選手としての実力は森田監督の方が上であり、香田さんは常に「嫉妬」していたとのことです。

高校進学に当たり、森田監督は推薦入試に合格したものの、香田監督は一般入試で入学しているのです。

また、2年時には森田監督はベンチ入りしたものの、香田監督はスタンドで応援していました。

その後、香田監督は努力に努力を重ね、3年夏の時には「3番:香田、6番:森田」という打順になりました。

香田監督にとって森田監督は、それほど「特別」な存在だったのです。

森田監督としては「監督としては香田さんの方が実績があるものの、自分も負けていられない」と感じているはずです。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
 

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