中矢太(済美高校野球部監督)の経歴は?記者会見でムッとした理由は?

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済美高校野球部が2年連続6度目の甲子園出場を決め、今夏は14年ぶりのベスト4に進出しました。監督が中矢太さんになってから、かつての黄金時代を取り戻しつつあります。今回は、中矢太監督の経歴や記者会見でムッとした理由、さらには2018年の注目選手の情報をお伝えします。
 

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中矢太(済美高校野球部監督)の経歴

1974年生まれ

年齢:44歳(2018年7月時点)

出身地:愛媛県松山市

出身高校:明徳義塾高校

出身大学:専修大学

2003年9月~:済美高校野球部コーチ

2006年4月~:済美高校商業科教諭

その後、野球部副部長となる

2016年7月~:済美高校野球部監督

高校時代は甲子園に出場しており、世間を騒然とさせた現場に実際に居合わせているのです。

それは「松井秀喜の5打席連続敬遠」

実際に、このテーマを扱った書籍「甲子園が割れた日」を刊行するにあたり、中矢太さんは取材を受けているのです。

しかも、進学した大学(専修大学)は、実際に松井選手を敬遠した河野和洋さんと同じなのです。
 


 
ちなみに、馬淵監督は試合前から敬遠することを決めており、背番号8だった河野選手がマウンドに上がったのは「背番号1の選手が敬遠するようなことがあれば、プライドに傷をつけてしまう」という理由があったからなのです。

試合前日のミーティングは、実際に敬遠する河野選手だけでなく、中矢太さんたちも緊張していたことでしょう。

 

昨年(2017年)は監督として初めて甲子園に出場しました。(このとき、済美高校としては4年ぶりの出場でした)

●上甲監督が亡くなる

●部内で不祥事が起こる

といった逆風を乗り越え、甲子園では4勝を挙げてベスト4に進出しました。

 

1回戦からの戦いぶりを振り返ってみると

●1回戦:5-4中央学院

●2回戦:13-11星稜

●3回戦:3-1高知商業

●準々決勝:3-2報徳学園

●準決勝:2-5大阪桐蔭

準決勝で惜しくも敗れてしまいましたが、準々決勝までの4試合が2点差以内であり、粘り強く勝ち上がってきたチームと言えます。

 

中矢監督は選手たちに「このチームは済美歴代で最弱」と言い続けた来たのですが、準決勝終了後は

「日々成長を感じられるチームでした。力以上のものなんですかね、力と認めてやりたい」

とねぎらっていました。
 

甲子園の記者会見でムッとした理由は?

昨年、甲子園で勝利を収めた中矢太監督のもとに、次のような質問が矢継ぎ早になされました。

その内容は

●上甲野球を見せることができましたか?

●上甲監督のとき以来の甲子園2勝ですが?

●上甲監督と明徳義塾の高校時代の恩師である馬淵監督の野球の違いは?

記者からの質問に丁寧に答えていたものの、全く笑っていませんでした。

たしかに、このような質問をされたら誰だってムッとするに違いありません。

 

中矢監督自身

「みなさんは、すべて結び付けたいんでしょうけど」

と語っていたように、心中穏やかではなかったはずです。

前監督の方法をそのまま受け継いだからと言って、甲子園で勝てるほど高校野球の世界は甘くありません。

また、子供の気質も年々変化しています。

さらに、監督によって理想とする野球は変わってきます。

 

記者の方たちには、これらの事情を踏まえて

「こんなことを質問したら嫌がるのでは」

といった想像力も働かせて、取材をしてもらいたいです。
 

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済美高校野球部の注目選手は

2018年の大会で特に注目してもらいたいのが、キャプテンで4番を務める池内優一選手

愛媛大会決勝戦ではバックスクリーンにどデカい一発を放ちました。
 


 
2018年夏の甲子園初戦と3回戦は無安打と本調子からは程遠い状態ですが、2回戦と準々決勝ではタイムリーヒットを放ちました。

準々決勝では先発マウンドにもあがり、4回3分の1を1失点に抑えました。

まさか池内選手がマウンドに上がるなんて、誰一人予想だにしていなかったでしょう。

今夏は予選でも甲子園でも一切マウンドに上がる機会がない中で、この好投ぶりは素晴らしいです。

中矢太監督も「今日の池内は頼もしかった」と絶賛していました。

 

準決勝の大阪桐蔭戦では、かつてのチームメイトにスプレーをかけてもらうシーンがありました。

高校を卒業しても、野球を続けてもらいたいです。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
 

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