原田英彦監督(龍谷大平安)の経歴は?試合前の儀式も注目を浴びていた!

Pocket

龍谷大平安高校の原田英彦監督と言えば「怖い」というイメージを持っているのですが、今大会は底抜けに明るいので「一体何があったのか」と驚きました。試合後の儀式はすっかりチームに定着しており、注目を浴びています。今回は、原田英彦監督の経歴や明るくなった理由、さらには試合前の独特の儀式についてもお伝えします。
 

スポンサーリンク



 

原田英彦監督の経歴

名前:はらだひでひこ

生年月日:1960年5月19日

年齢:58歳

出身地:京都府

出身高校:平安高校(現:龍谷大平安高校)

出身企業:日本新薬

高校時代は甲子園出場はかないませんでしたが、日本新薬には13年間在籍して都市対抗野球に10回出場しています。

 

【指導者としての経歴】

1993年~:平安高校野球部監督就任

監督として春10回、夏8回甲子園に出場し、

●優勝1回(2014年春)

●準優勝1回(1997年夏)

という成績を残しています。

 

これまでの監督生活の中で

●不祥事を起こして謹慎処分を受ける

●京都府大会の初戦で敗れて、ファン達にバスを取り囲まれる

●甲子園で観客から「監督やめろ」とヤジられる

といったことも経験している監督です。

そんな中、監督を続けることが出来ているのは、誰よりも平安高校を愛しているからなのでしょう。

 

怖い監督から一変した理由は?

これまでの原田英彦監督と言えば「怖い」監督でした。

練習中は

●チョットは上手なれや!

●おまえはベストを尽くしていない

●そのピッチング練習は試合のためにならない(レベルが低い)

と容赦なく選手を叱りつけており、選手たちは、まず原田監督からのプレッシャーと闘わなければならない状態でした。

 

かつては、原田監督の「熱さ」に選手たちもついてきていたのですが、最近はなかなかついてこなくなったのです。

極めつけは、2016年夏の大会

この年の春に甲子園ベスト4&甲子園通算99勝を達成したのです。

原田監督は「夏に100勝を達成しよう」と意気込んでいたのですが、春の結果に満足した選手たちのモチベーションは、なかなか上がりませんでした。

そこで原田監督は涙ながらに「俺はお前たちと一緒にもう1回甲子園に出たい!」と涙ながらに訴え、選手たちも号泣したのですが、京都府大会4回戦で敗退しました。

 

その後、2017年春夏・2018年春も甲子園出場を逃し、原田監督は「どうやって選手と関わればよいのか」と自問自答する日が続きました。

「何が何でも100回大会で100勝を達成したい」

そこで出した結論が「壊れる」こと

そして、原田監督のお気に入りでもある東京ディズニーシーのアトラクション「タートル・トーク」の

「お前たち、最高だぜー!」

「うおー!」

を取り入れたのです。
 


 
これまでの「怖い」イメージから脱却した姿に、ビックリしました。

とはいえ、すでに甲子園で2勝したわけですから、原田監督の作戦を功を奏したと言えます。

壊れるのは「今大会限定」と明言していますが、100回大会以降も「お前たち、最高だぜ~」のフレーズを継続してもらいたいです。
 

スポンサーリンク



 

試合前の儀式も注目を浴びていた!

龍谷大平安高校の儀式でもう1つ注目を浴びているのは、試合前の儀式です。

それは、こちら

物凄く気合が注入されているのが伝わってきます。

あまりの迫力に、相手チームも怖気づいてしまうのではないでしょうか。

今大会、どこまで勝ち上がっていくのか注目です。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
 

スポンサーリンク



Pocket

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です