板川佳矢のドラフト情報は?中学時代は軟式野球部だったが横浜のエースに!

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横浜高校でエースを務めた板川佳矢は、中学時代は軟式野球部に所属していました。中学校は一体どこだったのでしょうか?今回は、板川佳矢投手のプロフィールやどん底から這い上がってきたエピソード、さらにはドラフト情報についてお伝えします。
 

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板川佳矢のプロフィールや出身中学は?

名前:いたがわよしや

身長:173cm

体重:69kg

出身地:栃木県

出身中学:野木町立野木中学校

板川投手は小学校時代はサッカーに熱中しており、「中学生になったらJリーグのジュニアチームに入ってプロサッカー選手を目指そうかな」と考えていたほどだったのです。

野球を始めたきっかけは友人とキャッチボールをしていた時、その友達が加入していた野球チームのコーチが板川選手のボールを見て「野球をやってみないか」と誘われたことでした。

もし、キャッチボールをしている姿をコーチが見ていなければ、板川投手は今頃「サッカー選手」として有名になっていたかもしれません。

 

中学時代は野球部に加入し、当時はストレートしか投げられなかったにもかかわらず、横浜高校からスカウトされたのです。

板川投手が通っていた野木中学校の野球部ですが、それほど強豪校というわけではありません。

にもかかわらず、横浜高校では1年秋から背番号1を背負うことになったわけですから、板川投手のポテンシャルはもちろん、横浜高校のスカウトの眼力もすさまじいです。

ちなみに、横浜高校の2018年夏の甲子園メンバーで、中学時代に軟式野球部に所属していたのは板川投手だけでした。

野木中学校の野球部顧問の先生も、まさか板川投手が横浜高校でエースになるなんて思いもしなかったでしょう。

 

高校時代に経験したどん底とは?

1年秋から背番号1を背負うことになった板川投手ですが、2年秋の県大会で鎌倉学園にコールド負けを喫してしまいました。

板川投手はこの試合にリリーフで登板したものの打ち込まれてしまい、エースの座を剥奪されました。

それだけでなく、メンバー練習からも外されてしまったのです。

横浜高校でメンバー練習を外されるという事は、合宿所を出て自宅から通わなければならないことを意味します。

実際に、万波中正選手も一時的にメンバーから外され、東京の自宅から1時間半かけて学校に通っていたのです。

とはいえ、板川投手の実家は栃木であり、さすがに自宅から通うのは不可能なので合宿所に残ったのですが、相当気まずかったとのことです。

さらに、冬場の練習メニューを渡されなかったのです。

 

そこで、板川投手は同じピッチャーの及川投手から練習メニューを聞き出し、黙々とメニューをこなしていきました。

しかも、及川投手が与えられたメニューの倍の量をこなしたのです。

そうすることでチームメイトからも信頼されるようになり、3年夏には背番号1をつけて甲子園に帰ってきました。

「軟式でも通用することを示したい」と意気込み、甲子園ではチームをベスト16に導きました。
 

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U-18の練習試合で高校の先輩との対戦が実現

2018年のU-18の日本代表にも選出された板川投手は、大学生相手にも臆することなく快投を披露しました。

高校の先輩である渡辺佳明(明治大)との対戦が実現し、見逃し三振に抑えました。

この選手は、渡辺元監督の孫なのです。

渡辺選手からは、スライダーで三振を奪いました。

打たせて取ることが板川投手の持ち味で、球速は130キロ台中盤チェンジアップを使うことが多かったのですが、スライダーに自信がついたことでさらに投球の幅が広がりました。

 

板川佳矢のドラフト情報は

横浜高校のピッチャーで高卒でプロ入りした選手は、2016年ドラフトで楽天に入団した藤平尚真がいますが、それより前になると2008年で日本ハムに入団した土屋健二までさかのぼります。(育成選手は除く)

現時点では板川投手に対するスカウトの具体的な評価は報道されておらず、板川投手としても「大学4年間で力をつけてプロに行きたい」と考えているのかもしれません。

球速が常時140キロをマークするようになれば、ますます手が付けられなくなるのは間違いありません。

今後、どのようなピッチャーになっていくのは非常に楽しみです。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
 

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