船尾隆広(札幌大谷高校野球部監督)の経歴は?チームを引っ張る2枚看板にも注目!

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明治神宮大会を制覇し、甲子園出場を果たした札幌大谷高校野球部監督を務める船尾隆広さんは、選手としても輝かしい経歴の持ち主であり、ある大物選手と日本代表でチームメイトになったこともあるのです。今回は、船尾隆広監督の経歴や、チームを引っ張る2枚看板についてご紹介します。
 

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船尾隆広(札幌大谷高校野球部監督)の経歴

名前:ふなお たかひろ

生年月日:1971年5月31日

年齢:47歳

出身地:北海道

出身高校:函館北斗高校

高校入学当初は内野手でしたが、足の速さが見込まれて外野手に転向し、1年夏・2年春に甲子園に出場しました。

当時の100メートルのタイムが、何と11秒台!

陸上選手並みのスピードです。

 

高校卒業後は、1990年から新日鉄室蘭、1995年からNTT北海道に所属し社会人の日本一を決める都市対抗に10年連続出場しました。

また、1997年に日本代表に選出され、上原浩治高橋由伸とチームメイトとして戦い世界一となりました。

【指導者としての経歴】

船尾隆広さんは選手を引退してから、札幌大谷中学校、札幌大谷大学のコーチを経て、2014年12月に札幌大谷高校の野球部監督に就任しました。

就任2年目の2016年春には北海道大会で優勝しています。

そして、2018年秋に北海道大会だけでなく明治神宮大会も制覇し、甲子園初出場を決めました。

船尾監督は甲子園出場にあたり

「明治神宮大会の優勝がまぐれだったと言われないように、前に進まないといけない」

と語っていました。

甲子園でどこまで勝ち進むか、注目が集まります。
 

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チームを引っ張る2枚看板

それでは、札幌大谷高校を甲子園出場に導いた注目2枚看板を紹介します。

1人目

チームのエースを担うのが、西原健太投手

小学校6年時には日本ハムのジュニアメンバーに選ばれた経験の持ち主です。

明治新宮大会の決勝戦では優勝候補の星稜と闘ったのですが、被安打1(1失点)で完投勝利を収める見事なピッチングを披露しました。

現時点での最速は142キロですが「センバツまでに5キロ伸ばして、夏までに150キロを出したい」と意気込んでいました。

2人目

もう1人は、最速は120キロ台でありながら打者を幻惑して打たせて取るピッチングが持ち味の太田流星

一時は投手を諦め外野手に転向したものの

「どうしてもピッチャーをやりたい」

と思い、投手として活躍するために横手投げに転向しました。

 

北海道大会準決勝(駒大苫小牧戦)では、不調のエースに代わって2番手として8回を投げ自責点1、さらに決勝戦(札幌第一戦)でも2番手として登場し、7イニングを投げて自責点1に抑え、チームの優勝に大きく貢献しました。

投手としてだけでなく打者としても活躍し、決勝戦ではホームランも放ちました。

太田選手がいなければ、チームが優勝していたかどうか分かりません。

明治神宮大会の準決勝では、9回2失点と完投勝利を収めました。

甲子園で登板する機会があれば、秋の大会と同様に「救世主」としての役割が期待されます。

 

西原投手も太田投手も、中学校は札幌大谷中学で札幌大谷シニアに所属していました。

甲子園で2人が登板する姿が楽しみです。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
 

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