植竹幸一(春日部共栄野球部長)の経歴は?野球部寮に珍しい部屋が設置されていた!

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埼玉県の春日部共栄高校は、監督の不祥事によって植竹幸一野球部長が甲子園で指揮を執ることになりました。実は「監督交代」以外のことでも野球部は崖っぷちの状況に立たされたいたのですが、そこから這い上がってきたのです。今回は、植竹幸一部長の経歴は、野球部が乗り越えてきた試練、さらには寮にある珍しい部屋についてもご紹介します。
 

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植竹幸一(春日部共栄野球部長)の経歴

名前:うえたけこういち

生年月日:1969年9月28日

年齢:49歳

出身地:埼玉県

出身高校:春日部共栄高校

出身大学:日本体育大学

選手時代はショートとして活躍しました。

 

【指導者としての経歴】

1992年~:春日部共栄高校野球部長

大学を卒業してから26年間、春日部共栄高校野球部を支えてきました。

今回、本多監督に謹慎処分が言い渡された中でセンバツ出場を勝ち取ったこともあり、誰が甲子園で監督を務めるのか気になっていました。

学校サイドとしては

「長い間野球部を指導しており、生徒のことをよく知っている植竹部長が適任だ」

と判断したことで、植竹部長が甲子園で指揮を執ることになりました。

 

チームが生まれ変わったきっかけ

春日部共栄高校は野球部の強豪校であり、過去に春2回・夏5回甲子園に出場しているものの、2018年夏はメンバー全員が3年生だったもののまさかの初戦敗退という結果に終わりました。

このチームは秋・春・夏の3大会でわずか1勝しかできなかったのであり、まさに「崖っぷち」でした。

 

そこで、指導者たちは

●対話を重視し、選手たちが意見を言える環境を作る

●打てる球は打って、打てない球は打たないようにする(狙い球を絞る)

という方針を打ち出しました。

その成果が結果に現れたのが、関東大会準々決勝の横浜戦

勝てば甲子園当確、負ければ微妙という絶対に落とせない試合で、初回の2死満塁で6番を打つ平岡選手がストレートだけに狙いを絞り、走者一掃のタイムリーを放ちました。

その勢いに乗ってコールド勝ちを収め、甲子園出場を決めたのです。

今回、監督交代という憂き目にあった春日部共栄ナインですが、昨夏の試練を乗り越えて甲子園出場を勝ち取っている事を考えると、気の抜けないチームです。

植竹監督代行は

「監督が代わったことで生徒に影響を与えたくない。コミュニケーションをしっかり取りながら、生徒たちをサポートしたい」

と語っていました。

持ち味の打撃力を甲子園でも見せつけてもらいたいです。
 

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野球部寮にある珍しい部屋

進学校としても知られる春日部共栄高校の野球部には「東大ルーム」という部屋が設置されているのです。

野球部寮にこのような名前がついている部屋を用意しているのは、春日部共栄高校だけでしょう。

 

新2年生と新3年生合わせて79人いる野球部員は全員大学進学を希望しており勉強にも力を入れています。

このルームが出来たきっかけは、10年ほど前に野球部から東大を目指す選手が誕生したことです。

 

部屋の使用ルールは厳格で、扉には

「警告 飲食禁止。私物の放置禁止。例外は一切ない。1回でもあれば使用を禁止する」

と書かれています。

2017年夏には、12科目オール10という成績を収め、なおかつチームの4番を打った山本大貴という選手がいました。

実際に東大に合格したかどうかは分かりませんが、近い将来、野球部から東大合格者が誕生するかもしれません。

多くの学校は「進学校」と謳っておきながら「文武別道」のケースが目立ちますが、春日部共栄は文字通り「文武両道」を実践しています。

技術と頭脳を備えた集団が、甲子園でどのような戦いを見せてくれるのか注目です。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
 

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