畑尾大輔監督(日章学園野球部)の経歴はどの監督よりも異質だった!

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春の甲子園に初めて出場する日章学園高校野球部を率いる畑尾大輔監督は、一風変わった経歴の持ち主で、高校の運動部の監督であればまずもっていないであろう資格を持っている方なのです。今回は、畑尾監督の経歴やチームの名物練習、さらにはOBでプロに進んだ方をご紹介します。
 

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畑尾大輔監督(日章学園高校野球部)の経歴

プロフィール&選手時代

名前:はたおだいすけ

生年月日:1970年10月10日

年齢:48歳

出身地:熊本県

出身高校:九州学院高校

出身大学:日本体育大学

出身企業:東京ガス

中学時代は「野球のスーパースター」であり、自信満々で九州学院に進学しましたが、自分よりも実力のある選手が何人もいてビックリしたそうです。

それでも、努力に努力を重ね高校2年時には控え捕手として甲子園に出場しました。

大学では主に指名打者として活躍し、4年時にはベストナインを獲得

社会人時代には都市対抗にも出場しました。

25歳で現役を引退し、しばらく社業に専念していたものの「どうしても野球に関わりたい」という想いを捨てることができず、知り合いのつてをたどり指導者人生を歩むことになりました。

指導者時代

1997年~:日章学園の野球部コーチ

1998年~:日章学園野球部監督

2000年夏まで野球部の監督を務め、その後は学校人事の関係でバドミントン部の監督になったのです。

2002年夏に、日章学園は甲子園に出場しているだけに、複雑な思いがあったかもしれません。

ですが、バドミントン部の監督としてチームを全国大会に導いており、国体の女子バドミントン部の指導者になったこともあるのです。

複数の学校を全国大会に導いた監督であれば聞いたことがありますが、複数の部活の顧問を務めて全国大会に導いた指導者となれば、レアすぎます⁉

2005年に野球部顧問に復帰し、2010年には野球部監督となりました。

2014年夏・2018年夏は県大会決勝で敗れ「あと一歩」のところで甲子園を逃し続けていましたが、ようやく監督として初の甲子園出場を勝ち取りました。

畑尾大輔監督には、もう1つ変わった経歴があります。

それは「保育士」の資格を持っており、現在も週に2日保育園に勤務しているのです。

高校野球の監督が保育園に行ったら園児たちが泣き出しそうですが、畑尾監督には園児たちもなついているのでしょう。

園児たちに勝利をプレゼントするべく、甲子園でもチーム一丸となって頑張ってもらいたいです。
 

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日章学園の名物練習とは?

それは、冬に行なわれる「階段ダッシュ」

といっても、数十段レベルの階段ではありません。

12月には熊本県美里町を訪れ、日本一の「3333段」に挑戦したのです。

登り切ったら精神力がつくのは間違いありません。

畑尾監督は

「勾配がきつく足場の悪い場所を歩いたり走ったりすることで培われるバランス感覚や体感の強さは様々なプレーにつながる」

と考えています。

体をしっかり鍛えているからこそ、どんなチームが相手でも持ち味の打力を発揮することができるのでしょう。

甲子園では、好投手から点をとりまくってくれる姿を見てみたいです。

 

日章学園OBでプロに進んだ選手は?

國學院大學を経て東北楽天に入団した山﨑剛選手は、現役でプレーしています。

2018年はプロ1年目ながら試合に出場し、今後の活躍が期待される選手です。

OBといえば、この人を忘れてはいけません。

甲子園では豪快なホームランを放ち、高卒ドラフト7位で中日に入団し、3年間プレーしました。

山﨑剛選手や瀬間仲ノルベルトさん以上にインパクトを残る選手が現れるのでしょうか。注目です。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
 

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