紙本庸由監督(米子東野球部)の経歴は?マネージャーに絶賛の嵐!

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鳥取県の米子東高校が23年ぶりに春の甲子園に出場します。どうしても「古豪」のイメージが強いですが、野球部を率いる紙本庸由監督は、どのようにしてチームを立て直したのでしょうか。今回は、このことはもちろん、中国大会の快進撃や美人マネージャーをご紹介します。
 

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紙本庸由監督の経歴

名前:かみもとのぶゆき

生年月日:1981年7月17日

年齢:37歳

出身地:鳥取県

出身高校:米子東高校

出身大学:鳥取大学

 

【指導者としての経歴】

2004年~2007年まで米子東高校野球部コーチを務めた後

●倉吉農業高校

●境港総合技術高校

●倉吉東高校

上記の3校でも野球部コーチを務めていました。

2013年に米子東高校に復帰してコーチとなり、8月に監督に就任しました。

米子東高校は、春に8度・夏に13度甲子園に出場しているのですが、紙本監督が米子東高校に復帰するまで、野球部は暗黒時代を迎えていました。

2008年~2012年は、夏の大会で初戦敗退

鳥取県では、鳥取城北高校といった私立が実力を高めており、公立でなおかつ進学校である米子東が甲子園に出場するのは難しいといった空気が学校に漂っていたのです。

そんな中で復帰した紙本監督は、どのようにしてチームを立て直したのでしょうか?

 

米子東が強くなったのはナゼ?

紙本監督が実行したのは

●やるべきことを「科学的知見」によって決めること

●強くなるために取り組むべきことを「細分化」すること

●各分野の専門家から教えてもらうこと

●選手が自主的に行動するためには「目標設定」と「コーチング」が必要と考え、監督自ら認定講師の資格を取得したこと

などです。

長時間闇雲に練習させたのではなく、科学的な根拠に基づいて練習させるようにしたのです。

 

米子東高校の偏差値は「66~69」であり、県内では1位です。

これだけ賢い生徒が揃っていれば、理詰めで説明しなければ理解してもらえないでしょう。

紙本監督自身、このことに気づいていたからこそ、チームを生まれ変わらせることができたのだと思います。

監督自らコーチングの技術を学んだことで、選手たちは「監督は本気なんだ」と感じたことでしょう。
 

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中国大会の快進撃

では、米子東高校の中国大会の結果を見てみましょう。

1回戦:米子東7-6開星

2回戦:米子東8-6倉敷商業

準決勝:米子東6-5呉

決勝:米子東2-6広陵

準決勝では延長13回のタイブレークの末に勝利をつかみ取り、甲子園出場当確ランプを灯しました。

粘りに粘った末に数々の強豪校を撃破してきた実力をあなどることは出来ません。

甲子園では一体何勝するのでしょうか?注目です。
 

マネージャーがとってもかわいい!

こちらが、米子東高校の野球部マネージャーです。

このマネージャーは小村ののかさんで、中学時代はテニス部でした。

ですが「高校は米子東に進んで野球部のマネージャーになりたい」という願望を持っていたのです。

マネージャーがいることで、選手たちも励みになっているに違いありません。

縁の下の力持ちとして日々奮闘しているマネージャーに、1つでも多くの勝利をプレゼントしてもらいたいです。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
 

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