岡田龍生監督の息子や経歴は?マシンガンノックのスピードは日本一!

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履正社高校野球部監督岡田龍生監督は、就任してから30年以上経っているベテラン監督です。2019年はチームを春夏連続で甲子園に導きました。今回は、岡田監督の経歴や息子の事、さらには日本一と称されるノックの映像もお届けします。

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岡田龍生監督(履正社)の経歴

名前:おかだたつお

生年月日:1961年5月18日

年齢:58歳

出身地:大阪市

出身高校:東洋大姫路高校

出身大学:日本体育大学

岡田監督の母は女子プロ野球経験者であり、少年時代は母とよくキャッチボールをしていました。

身体能力が抜群で、中学時代は野球部とバレー部を兼任していました。

これができたのは

●野球部の活動が週に3回だけだったこと

●バレー部の監督が岡田選手のために特例を出した

からなのです。

高校でもバレーを続けるつもりでいたのですが、身長が170センチ程度しかなく、担任の先生から「この先バレーで活躍するのは厳しい」と言われたことで、高校では野球をすることにしました。

高校時代はキャプテンとして3年春に甲子園に出場し、チームをベスト4に導きました。

このときはじめて「野球を頑張ってきてよかった」と感じたのです。

高校卒業後は、日本体育大学、鷲宮製作所でプレーしました。

 

【指導者としての経歴】

社会人野球を引退した後、大阪府の桜宮高校でコーチとなりました。

このとき、現在阪神の監督をしている矢野燿大さんを指導していました。

1987年(当時25歳)に履正社の監督に就任しました。

これまで、春は8度、夏は4度チームを甲子園に導いています。

2014年春、2017年春に甲子園準優勝という結果を残しています。

今夏は、チーム初の春夏連続甲子園出場を果たしました。

春は初戦敗退となってしまいましたが、夏はどこまで勝ち上がるのか注目です。

 

本当に行きたかった高校は?

岡田龍生監督は東洋大姫路高校出身者なのですが、もともと行きたかったのは関西の高校ではなかったのです。

「ここに行きたい」と最初に熱望した学校は、実は今夏甲子園に出場する関東の学校です。

それは、

・・・・・

・・・・・

・・・・・

東海大相模高校

その理由は、甲子園出場の可能性が高いこと

当時は、現在巨人で監督をしている原辰徳監督の父である原貢さんが東海大相模の監督をしており、岡田監督が中学3年生の春に選抜大会で準優勝を果たしたのです。

「どうしても東海大相模に行きたい」と思った岡田監督は、原貢さんに手紙を送ったのです。

ここまで大胆な行動ができる中学生は、そうそういません。

その後、原貢さんが東海大学の監督になることが分かり、別の学校を探すことになりました。

地元の大阪の学校を探してはみたものの、当時の大阪は「私学7強」と言われた激戦の時代で「この学校に行けば高確率で甲子園に出られる」と言えるような学校はなかったのです。

その結果、東洋大姫路を選んだのです。

入学前は「大阪からスゴイ選手が来る」と噂になっていたのですが、中学時代にバレー部だったことを知ったチームメイトはビックリ!

そんな状況の中でキャプテンになったわけですから、当時からリーダーとしての気質を備えていたに違いありません。
 

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岡田龍生監督の指導方針

選手にあれこれ指示を出すのではなく、自主性を大事にすることは、すでに色んなところで語られています。

それ以外に、岡田監督が他の監督と大きく異なる部分が2つあります。

 

1つ目は「見逃し三振をしてもよい」と考えていること

バッティングに関して履正社では選手たちに「目線を上げろ」と指導しています。

多くの指導者は、「低めに気を付けろ」と指導します。

ですが、人間というものは「○○には気を付けろ」と言われてしまうと、どうしてもその部分に気を取られてしまうという性質があります。

「目線を上げろ」と「低めを捨てろ」というのは、言っていることは同じですが、選手への伝わり方が大きく異なります。

 

●低めの変化球を見逃してしまって三振しても、それは仕方がない

●目線を上げることで、高めに抜けた甘い変化球を捉えることで長打が生まれる

●その結果、得点を重ねることができる

このような狙いがあったのです。

また、「見逃し三振OK」というのは、の考え方と同じです。

多くの指導者は、見逃し三振をした選手に厳しく注意をします。

ですが、プロの一流選手は、「狙い球が来なくて見逃し三振をしても仕方がない」と考えています。

 

2つ目は「思い出作りのための代打を出さないこと」

甲子園でも、大量リードを奪われているチームが、9回になると控え選手の3年生が代打で登場するシーンが目立ちます。

ですが、岡田監督は

「それをするのは代打として出場する選手にも失礼であり、勝負を諦めることになる」

と語っています。

最後の最後まで勝負にこだわる姿勢を崩さないからこそ、選手たちから信頼を得られているのでしょう。

最近、岡田監督の指導方針をまとめた書籍が発売されました。

普段の指導方針はもちろん、岡田監督の生い立ちやプロに進んだ選手はどのような考えを持って普段の練習に取り組んでいたのかということが書かれています。

これからも、プロに進む選手を輩出するだけでなく、優秀な指導者を育てていく予感がします。
 

息子はいるのか?

岡田龍生監督には、息子がいるのでしょうか。

メディアの情報に「家族は妻と2男1女」とありましたので、息子がいるのは間違いありません。

岡田監督の現在の年齢を考えると、息子は大学を卒業して社会人になっている可能性が高そうです。

実は2016年から2018年までにおいて、かなり珍しいことが履正社野球部の中で起きました。

それは、岡田龍生監督と名前の漢字が全く同じ選手がいたのです。

監督の方は「たつお」で、選手の方は「りゅうせい」なので読み方は違いますが、お互いにビックリしたでしょう。

※もちろん、親子ではありません。

さらに、岡田龍生投手は日本体育大学に進学し、大学でも岡田監督の後輩になったのです。

このような偶然が起きたのは、後にも先にもこのケースだけだと思います。

 

マシンガンノックの映像

岡田監督の指導技術の高さが現れているのが「マシンガンノック」

練習時間が平日は3時間と短く、そうするとノックを打つのも効率的に行なう必要があります。

岡田監督の目安は「1.5秒~2秒に1球を打つ」

その様子がコチラ

本来であればノックを受けた野手が送球を終えてから次の選手にノックを打ちます。

ですが、この映像をよく見てみると、送球する前に次の選手にノックを打っていることが分かります。

「大学で最も練習が厳しい」と言われている亜細亜大学のノックよりも、テンポが速いです。

ノックのペースを見てみると、送球後に次の選手にノックを打っていることが分かります。

そうすると、岡田監督のノックの技術は「アマチュア指導者の中で日本一」といっても過言ではありません。

このノックを通して、2019年夏の大阪大会は7試合で失策3と堅守のチームを作り上げてきました。

打撃面に注目が集まる履正社ですが、守備面での好プレーも見逃せません。

2019年は学校初の「夏の甲子園ベスト8」に進出しました。

このまま優勝に向かって突き進んでもらいたいです。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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